大阪地方裁判所 昭和49年(行ウ)59号 判決 1980年11月12日
原告
三藤安佐枝
右訴訟代理人
熊野勝之
被告
人事院
右代表者総裁
藤井貞夫
右指定代理人
野口義臣
外四名
被告
国
右代表者法務大臣
奥野誠亮
被告両名指定代理人
上原健嗣
同
西元忠志
主文
一 原告の被告人事院に対する昭和四九年六月二一日付判定の取消請求を棄却する。
二 原告の被告人事院に対する、大阪大学学長に対し勧告をなすことを求める訴えを却下する。
三 原告の被告国に対する請求を棄却する。
四 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 申立
一 原告
1 被告人事院が昭和四九年六月二一日付で、原告の給与の減額等の取消等に関する行政措置の要求に対してなした判定を取消す。
2 被告人事院は、大阪大学学長に対し、
(一) 同学長が、昭和四七年七月一七日原告に対し行なつた原告の七月分給与の減額措置を取消し、減額分金四九七一円(内訳・同年五月分の過払分として金三八六円、同年六月一五日支給の夏季手当中勤勉手当の過払分として金四五八五円)及び減額措置により影響を受けた不足分金五三九円並びに右合計金の内金四九七一円に対する昭和四七年七月一八日から、内金五三九円に対する同年一一月一八日からそれぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払うこと、
(二) 同学長が、原告の職場集会への参加に対し、部下の職員に命じて監視させ、又は給与法上の減額措置権限を濫用するなどして、原告の労働基本権の行使に対し心理的圧力を加えるおそれのある行為をすることを厳に慎しむこと
を勧告せよ。
3 被告国は、原告に対し、金三五万円及び内金三〇万円に対する昭和四八年七月六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告人事院
(本案前の申立)
主文二項及び四項と同旨。
(本案に対する答弁)
1 主文一項及び四項と同旨。
2 原告の被告人事院に対する、大阪大学学長に対し勧告をなすことを求める請求を棄却する。
三 被告国
主文三項及び四項と同旨。
第二 主張
<中略>
ところで、原告は、前述の通り、大阪大学の教務職員であるところ、教務職員は、学校教育法五八条二項、国立学校設置法一〇条、同法施行規則一条一項、五項にその身分の法的根拠をおく一般職国家公務員であつて、その職務内容は、「教授研究の補助、その他の職務に従事する」ことであつて(国立学校設置法施行規則一条五項参照)、法制上、大学の教授、助教授、助手等とは異り、教育公務員特例法の教員に関する規定の適用又は準用を受ける者でないことは、同法二条二項、二二条、同法施行令二条一項の規定に照らして明らかであるから、教務職員である原告の勤務開始時刻は、法令上は総理庁令一項の規定により、午前八時三〇分であるというべきである。そして、<証拠>を総合すると、大阪大学学長は、昭和四二年頃に、国立学校等の職員の休憩時間及び休息時間に関する規程(昭和四二年文部省訓令第三一号)が制定されたことにより、同年九月頃大学職員の右休憩時間及び休息時間を指定するに当り、原告ら教務職員(文部技官)(分類A2)の勤務時間については、月曜日から金曜日までは午前八時三〇分から午後五時まで、また、土曜日は午前八時三〇分から午後零時三〇分までであるとして、これを明示しており、同四三年六月頃にも、教務職員を含む技術系職員及び事務職員の勤務時間は、右と同様であるとして、休憩時間、休息時間と共に、学部長を通じて各教授に対し、その周知方を指示していること、なお原告が昭和四七年二月一八日、同年四月二七日、同年七月一七日にそれぞれとつた一日の休暇の休暇届にも、休暇の日数及び時間として、いずれも「八時三〇分から一七時まで一日」という趣旨の記載がなされていること、以上の事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果はたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
してみれば、本件集会の行われた昭和四七年五月一九日当時の原告の勤務時間は、午前八時三〇分から午後五時までであつたというべきであつて、以上の認定に反する証人福島昭三、同松岡延子、同中南元の各証言、原告本人尋問の結果は、いずれもたやすく信用できないものというべきである。
(2) もつとも、前記一に認定の事実に、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、原告は、大阪女子大学で有機化学を専攻し、同大学を卒業した後、昭和三六年六月一六日大阪大学に技術員として採用され、ついで同三八年二月一日文部技官に任命され、同三九年一〇月頃からは、教務職員として、音在研究室に勤務していること、音在研究室は、主として放射化学を研究しており、同研究室には音在教授の外、講師一名、助手二名、教務職員である原告、及び、事務官一名が配属されていること、原告は、音在研究室において、自然科学、放射化学の研究をしている外、助手らと共に、大学院学生、学部四回生学生の研究指導、学部学生の練習実験の指導、RI実験室の管理等の職務に従事していること、さらに、原告は、右研究室で行われる理論物理学、量子力学、ロシア語などの輪講会にも参加していること、原告は、当初は、音在教授の指示の下に、実験や研究に従事していたが、その後は原告自ら研究テーマを定めて研究をしたこともあり、昭和四五年頃からは、音在研究室の福島昭三助手と共同で、原子核の壊変持性を実験的に調べる研究をしていること、原告は、研究者として、毎年に数回開かれる学会に出席し、時には学会でその研究の結果を報告し、或いは、科学雑誌等に研究論文を発表したこともあること、また、原告は、学部学生の実験の指導等に当つては、助手と同等の立場で、教養学部を修了したばかりの学生に、実験のためのオリエンテイションをしたり、或いは、テキスト等の共同執筆をしたりしたこともあること、そして、学部学生の実験の指導は、午後六時頃までかかることもあつて、それまでは帰宅できないことが屡々あるし、また、それ以外にも、自己の研究のために、前記午後五時の勤務時間を超えて夜遅くまで大学に残つていることも屡々あること、なお、大阪大学理学部の図書館や実験室等は、午前一〇時頃まで閉つていて、それまでは研究のための専門図書の閲覧はできないし、科学上の実験もできないこと、これに対し、夕方は午後五時を過ぎても、図書館や実験室は開いており、専門図書の閲覧や科学上の実験をすることができるのみならず、科学上の実験については、これを中途で中止することができないところから、夜遅くまで大学に残つて実験を続けなければならないこともあること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。しかして、右認定の事実からすれば、教務職員である原告は、音在研究室において、現実に助手と同様に、その専門的な研究に従事したり、学生の研究や実験の指導にたずさわつていることもあり、かつ、右研究のためには、朝は、午前一〇時頃に出勤するのが便宜であり、夕方は、午後五時を過ぎても大学に残つている必要のあることもあるというべきである。
しかし、教育公務員特例法の適用のある国立大学の教授、助教授等の教員や右同法の準用のある助手については、法律上、大学管理機関の定める基準(評議会の議に基づき学長の定める基準―同法二五条)により、厳重な審査を得て選任されることになつており(右同法四条二項)、また、教員及び助手は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない義務がある(右同法一九条)のに対し、教務職員については、その選任について、右のような厳重な要件はなく、その職務も、前記の通り、教授研究の補助と教務に関することであるから、教授、助教授、助手の選任の基準と選任後の職責は、教務職員に比し、はるかに厳重、重大であるというべきであるし、さらに、教務職員の給与上の格付けも、助手よりは一段低い等級に格付けされている上(規則九―八別表第一チ参照)、教務職員は、学校教育法、国立学校設置法、その他の法律上、教授、助教授、講師、助手とは、別個の職種として明確に規定されている現行法制等に照らして考えると、教務職員である原告において、一部実質的に助手と同様の仕事をしている部分があること等前記認定の事実があるからといつて、そのことから、教務職員は、助手に準ずるものとして、その勤務時間については、教育公務員特例法の適用のあるものとして前記総理庁令三項の適用を受け、一般職の公務員に適用のある同令一項の適用がないものと解することはできない。従つて、右認定の事実から、原告の勤務時間は午前八時三〇分からであるとの前記(1)の認定を覆すことはできないものというべきである。
(3) 次に、原告は、大阪大学理学部における勤務開始時刻は、午前八時三〇分であつて、これは、学問の自由の一内容として、研究時間配分の自由が保障されることにより、慣行として確立し、他方、総理庁令の右規定は、学問の自由保障の効果として排除されるから原告には適用がないと主張している(請求原因一5(一)(1)参照)。
そして、<証拠>を総合すると、大阪大学理学部において、同学部事務部局に勤務する職員は、おおむね午前九時頃までには出勤しているが、研究室に所属する教授、助教授、助手及び教務職員らは、おおむね午前九時三〇分から同一〇時頃までに出勤し、おおむね午後六時頃に退庁していること、原告は、大阪大学に就職した当初、直接の上司であつた音在教授から、音在研究室においてはおおむね午前一〇時に仕事を始めているのでその頃に出勤すればよい旨言われたので、他の職員の出勤時間をも考慮し、特に入学試験業務を命ぜられた場合など特別な場合以外は、おおむね午前九時三〇分ないし同一〇時頃に出勤することとし、その後現在まで右時刻頃に出勤していること、他方、原告の退庁時刻は、通常、おおむね午後六時頃であるが、理学部三年生の化学実験、高分子学実験などの実験科目を担当したときなどは、学生の実験終了時刻が一定でなく、延長を余儀なくされる関係からおおむね午後七時ないし同八時頃まで居残ることがあり、また、自らの研究のために退庁が深夜に及ぶことなどがあること、大学当局は、右のような研究室に所属する職員の勤務実態に対し、教員又はこれに準ずる助手以外の職員について、午前八時三〇分以降を、また、右教員等については割振られた勤務開始時刻以降を特に欠勤であるとして給与減額措置をとるなどという扱いをすることなく、今日まで教育、研究上の都合として若干弾力的な扱いを黙認してきたこと、以上の事実を認めることができ、証人南岡伸一の証言のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定事実によると、原告を含む大阪大学理学部研究室に所属する教授、助教授、助手、教務職員を含む職員は、おおむね午前九時三〇分頃ないし同一〇時頃出勤し、おおむね午後六時頃に退庁しており、このことは永年に亘り事実上黙認されていたということができる。
しかしながら、国家公務員の勤務時間などの勤務条件は、国民の代表者によつて構成される国会の制定した法律及びその委任を受けた人事院規則等によつて明確かつ一義的に規定されているものであることは前記(1)において述べたとおりであり、かつ、右勤務条件は、その事柄の性質上、特別公務員等法律ないし人事院規則によつて特別の定めのある外は、画一的にする必要があるから、個々の政府職員又は職員組合と政府との自由な交渉によつて決せられるものでないというべきであつて、政府職員の勤務時間に関する前記法令は強行法規としての性格を有し、各省庁においてそれぞれの都合で独自にこれを変更することは、許されず、また、右勤務時間と異る慣行の成立が認められる訳がないといわなければならない。
してみれば、原告を含む大阪大学理学部研究室に所属する職員が、前記の如く、おおむね午前九時三〇分ないし同一〇時頃に出勤し、午後六時頃に退庁していたことは、原告ら教務職員の関係では、強行法規である政府職員の勤務時間に関する法令に違反することであつて、それが事実上の慣行となつていたとしても、右慣行は、違法なものであつて、その効力を有し得ないものというべきであるから、これによつて、法令上午前八時三〇分とされている原告の勤務開始時刻が午前九時三〇分ないし同一〇時に変更されたものと認めることは到底できないし、いわんや一般職の国家公務員の勤務時間の適用を受ける原告が、右の如き事実上の勤務の態様を前提に、午前八時三〇分から午前九時二六分頃までの間本件集会に参加しても、その勤務を怠つたことにならないものとは到底認め難いのである。
もつとも、原告は、原告が研究の仕事にたずさわつていることを前提にし、右研究については、学問の自由が保障されなければならないから、原告には、一般職の国家公務員に適用される勤務時間の適用はなく、前記の如き勤務態様は慣行として是認さるべきであるとの趣旨の主張をしているところ、原告が音在研究室においてその専門の放射化学の研究をしていることはさきに認定したとおりであり、また、右研究にたずさわる者については、学問の自由が保障されなければならないことは言うまでもない。しかしながら、学問の自由は、研究者において、研究対象の選択の自由、その研究に基づいて如何なる学問的見解をも抱く自由、その見解を発表し、また、教授する自由を主たる内容とするものであるから、国家公務員である原告の勤務開始時刻を午前八時三〇分としたからといつて、そのことは、何ら学問の自由と矛盾し、これを侵害するものではないというべきである。もとより、一般に研究者は、自らの研究を自由に行い、より大きな成果を得るためには、時間による拘束を受けない方が望ましいことは明らかであるが、単なる市井の研究者ならば格別、研究者が国家公務員としての地位を有する者である場合には、その身分、地位及び勤務条件等は、これに関する法令によつて規律され、その拘束を受けざるを得ないことはいうまでもないのである。そして、このことは、現行法令上、最も明白に研究者としての地位を有する教授などにおいても、勤務時間から全く自由である訳ではなく、前記説示のごとく、総理庁令三項に従つて文部大臣が定めた教員等の勤務時間に関する規定に従い、国立大学においては学長がそれぞれの教授等の勤務の実態を考慮しながら勤務時間を割振ることとされているのであり、現に大阪大学においても、さきに認定したとおり、同大学学長が教授、助教授、講師及び助手の勤務時間を割振つているところからも明らかである。
従つて、学問の自由の名のもとにおいて、国家公務員である研究者が、その自由な意思に基づいて勤務時間を自由に配分することが認められるものではないし、研究にたずさわる原告ら教務職員の勤務開始時刻を午前九時三〇分ないし同一〇時としなければならないものではないから、学問の自由を前提とした原告の主張は失当である。
さらに、原告は、勤務時間の絶対量を定める規定、すなわち、給与法一四条一項、規則一五―一第四条の規定が強行法規性を有することを認めながら、勤務時間の配分を定める総理庁令一項の規定は強行法規性を有するものでない旨縷々主張するのであるが、その根拠とするところは、いずれも独自の見解という外なく、到底、当裁判所の採用し得るところではない。なお、右主張の中で原告は、大阪大学理学部において、教育、研究上の都合で、弾力的な取扱いを行つていること自体、総理庁令が強行法規性を有するものでないことを示している旨主張しているところ、大阪大学理学部においては、教務職員についても、従来、午前八時三〇分以降に出勤した場合に、出勤遷延を理由として給与の減額が行われた例が存在せず、勤務時間に関し、原告主張のような弾力的取扱いが行われていることは、被告人事院の自認するところであるが、右のような取扱いは、一般職の国家公務員の勤務条件に関する法令に違反する違法なものというべきであつて、これをもつて、右勤務条件に関する法令が強行法規ではないとは到底いい難いのである。
(4) 次に、原告は、大阪大学理学部において、勤務開始時刻をおおむね午前九時三〇分ないし同一〇時とすることなどを内容とする勤務時間に関する慣習法が成立している旨主張する(請求原因一5(一)(2))。
しかし、仮に右原告主張の如き慣習法が成立していたとしても、右慣習法は、少なくとも教務職員に関する限りは、強行法規である前記勤務条件に関する法令に違反するものであつて、無効である。(なお、原告は、強行法規に関する慣習法も有効に成立すると主張するが、右は独自の見解で採用できない)。のみならず、<証拠>を総合すると、原告は、大阪大学に就職した当初、正規の勤務時間の定めについて、同大学当局から何らの説明を受けることはなかつたが、少なくとも本件集会開催時である昭和四七年当時には、正規の勤務開始時間が午前八時三〇分であることを知つていたこと、原告以外の教務職員らも右勤務時間の定めについては、了知していること、大阪大学学長は、前述のとおり、昭和四二年以降職員の休憩時間及び休息時間を指示したが、その際、原告ら教務職員等の右時間の指示について午前八時三〇分に勤務を開始し、午後零時三〇分から同一時三〇分まで休憩及び休息時間をとり午後五時に執務を終了すること(ただし、月曜日から金曜日まで)を図示した書面を作成し、これをもつて各職員に休憩時間及び休息時間を周知せしめていること、原告が提出した休暇願の処理において、いずれも、午前八時三〇分から休暇をとるものであることを明記して処理されており、原告は、右処理を認識したうえで、特段の異議を申し出ることなどしていないこと、大阪大学学長は、教授などの教員及び教員に準ずる助手の勤務時間を、その勤務の態様及び内容に応じて割振り、これを勤務時間割振表に明示してそれぞれの教員等に回覧させ、周知させていること、以上の事実を認めることができ、証人福島昭三、同松岡延子、同中南元の各証言及び原告本人尋問のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定事実によると、大阪大学理学部においては、前記認定のような実態において勤務しているにも拘らず、職員は、総理庁令一項に定める勤務時間又は教員等においては勤務時間割振表において割振られた勤務時間を認識し、或いは認識し得る状況に置かれており、さらに、勤務時間が問題となる場合(例えば、休暇願等)には、総理庁令一項に定める勤務時間によつて処理しているものということができる。
右のような事実関係からすると、原告主張にかかる勤務開始時刻に関する慣行は、必ずしも大阪大学理学部において、一般に職員の法的確信を得るに至つているとまで断ずることができず、右主張にかかる慣行が前記説示のごとく総理庁令一項に明白に抵触することを併せ考えると、大阪大学理学部において原告主張のような勤務時間に関する慣習法が成立しているとまでいうことはできない。
よつて、原告の右主張は理由がない。
(中略)
本件勧告請求は、被告人事院に対し、大阪大学学長に対する勧告という一定の処分をなすことを求めるものであり、講学上いわゆる義務づけ訴訟といわれるものであるところ、右のような訴訟は、三権分立の建前から、また、行政事件訴訟法の諸規定の趣旨に照らして、原則として、許されないものであると解すべきである。ただ、行政庁のなすべき処分が一義的で裁量の余地がなく、しかもその処分の性質上行政庁の処分をまつて事後的に司法審査を受けるという手続をとる必要性に乏しく、かつ、行政庁の行政処分をまつていては多大の損害を被る虞のある場合に限つて、例外的に右のような訴訟も許されるものと解するのが相当である。
二 これを本件についてみるに、本件勧告請求のうち、右(一)の請求は、本件給与減額措置が違法であるとし、その回復をなすべきことを大阪大学学長に勧告することを求あるものであるところ、被告人事院は、右給与減額措置が違法であると判断された場合には、国公法八七条の定めるところに従い、一般国民及び関係者に公平なように、かつ、職員の能率を発揮し、及び増進する見地において事案を判定し、大阪大学学長に対し右給与減額措置の回復を勧告すべきこととなる(同法八八条後段参照)のであり、一見その内容に裁量の余地があるかのごとくであるが、右なすべき勧告の対象が公務員に対する給与減額措置の回復であることからすると、他に付加して適当な勧告をなすはとも角、少なくとも原告の求める減額された給与等の返還をなすべきことを大阪大学学長に勧告すべきことは、一義的で裁量の余地はないものといわなければならない。しかし、本件においては、本件勧告請求とともに本件判定の取消請求が併せて提起されているのであり、右判定の取消請求において主張されている違法事由は、結局、本件給与減額措置そのものに対するものであることからすると、被告人事院は、右違法事由が認められ、右判定の取消請求が認容された場合には、行訴法三三条二項が明記するところに則り、右取消判決の趣旨に従つて改めて原告の本件措置要求に対する判定をなすであろうことは容易に窺われるところであり、これをまつていたとしても、原告に多大な損害を与える虞は全く存しないというべきである。もつとも、原告は、広島地方裁判所の一判例をあげ、行政庁は、処分取消訴訟が確定し、その判決の拘束力を受けるに至つた場合にも、右判決に従つた行為をしなかつた場合があるとし、行政庁が判決の趣旨を十分尊重することなど常に期待し得ない現状であると指摘するのであるが、右判例は、その判旨からも窺えるごとく、学説等において見解の分れる法律上の問題について、行政庁が判決確定後も頑に右判決とは異る見解に従い、右判決に従つた行為をしなかつたという特異な例であつて、これをもつて一般的に行政庁の取消訴訟事件判決に対する態度であると極めつけるのは相当でないといわなければならない。
よつて、原告の本件勧告請求のうち右(一)の請求は、その余の点について判断するまでもなく、義務づけ訴訟が許される例外的場合にあたらず、不適法な訴えといわなければならない。
三 次に、本件勧告請求のうち右(二)の請求は、本件集会に対する大阪大学当局の現認行為が違法であること及び本件給与減額措置が減額措置権限の濫用にわたるものであることなどを根拠に、大阪大学学長に対し、勧告をなすべきことを求めるものであるが、仮に右主張にかかる根拠が認められるとしても、被告人事院は、前記説示のごとく国公法八七条の趣旨に則り、大阪大学学長に対し勧告をなすべきこととなるのであるから、その勧告内容は一義的であるということはできず、被告人事院の裁量によつて決定されるべきことであり、必ずしも原告請求にかかるような勧告をなすべきこととなるとは限らないのである。
よつて、原告の本件勧告請求のうち右(二)の請求は、その余の点について判断するまでもなく、義務づけ訴訟が許される例外的場合にあたらず、不適法な訴えといわなければならない。
なお、前記第一に認定したところから明らかなとおり、するというのは、「職権ヲ濫用シ人ヲシテ行フ可キ権利ヲ妨害」するに等しく、公務員の救済機関としてあるまじきことであるから再考されたい旨の要請をしたが、被告人事院事務総局公平局長は、熊野勝之に対し、同年九月三日付書面をもつて、現行制度上の手続及び解釈は、前記八月七日付回答のとおりであるとして再考することなく、定められた手続に従い、行政措置要求書を至急補正するよう原告を指導されたい、現状のままで推移すると、却下手続を進める旨の通知をしたこと(ただし、原告代理人が被告人事院総裁に対し、右のような再考の要請をしたこと、被告人事院は、再考することなく右公平局長名の文書で代理人を抹消しなければ却下する旨通知してきたことは当事者間に争いがない。)、原告は、被告人事院の右のような取扱いを不満に感じつつも、本件措置要求を受理させ、被告人事院の判定を得ることが重要であるとの判断のもとに、原告代理人による申立を断念し、昭和四八年一〇月四日、原告自らが右措置要求手続を行い、被告人事院は、同年四月二六日付をもつて本件措置要求の申立を受理したこと(ただし、被告人事院が同年一〇月八日に本件措置要求を受理したことは当事者間に争いがない。)、以上の事実を認めることができ他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定事実によると、被告人事院事務総長、同公平局長は、原告が弁護士熊野勝之を代理人として本件措置要求を申立てたのに対し、代理人による行政措置要求を認めないとし、規則一三―二第四条の二によりその補正を求め、右補正をなさないときは右申立を却下することとなる旨通知したものであり、これに対し、原告は、被告人事院に対し、代理人熊野勝之をして、右申立を補正することなく受理することを求めたが、被告人事院が容易にこれを受入れる様子がないことと、本件措置要求をなし被告人事院の判定を受けることの意義を総合勘案して、任意右補正命令に応じ自らその手続をとつたものということができる。
四 原告は、被告人事院事務総長らの右行為をもつて、故意による違法な公権力の行使にあたると主張するので検討する。
一般に、代理制度の社会的意義は、私法的自治の範囲の拡張とその補充にあると解せられ、それ故、私人が公法関係においてする行為で、通常公法的効果を生ずるいわゆる私人の公法行為には、その行為の性質上、一身専属的な代理に親しまない行為が多いものといわなければならず、現行法規を概観しても、本人の意思に基づき自らなすことを要する旨規定し、又はその解釈から明らかである場合が多々みられるところであるが(国籍法一一条、外国人登録法一五条、公職選挙法四四条、六八条六号、地方自治法七四条、同施行令九一条以下など)それ以外には、一般に代理が許される場合があるといえる。
そこで、勤務条件に関する行政措置要求について代理が許されるかどうかについて考察するに、行政措置要求の手続を定める右規則一三―二第一条一項は、「職員は、個別的に、又は職員団体を通じてその代表者により団体的に‥‥行政措置の要求‥‥を行うことができる。」と定める以外、代理人によつて右申立をなすことができるかどうかについては、明文上その規定をおいていないところ、被告人事院が国公法第三章第六節第三款に規定する「保障」に関するその他の手続、すなわち、不利益処分の不服申立手続を規定する規則一三―一は、一三条ないし一五条において代理人を選任することができることなど詳細な規定をおき、また、災害補償についての審査申立手続を規定する規則一三―三は、二条において代理人によつて右申立をなすことができることなどを規定していることに照らすと、規則一三―二は、行政措置要求については、これを職員自ら又は職員団体に行わせることとし、代理を認めない趣旨であると解するのが相当である。ところで、国公法一六条は、人事院にその所掌事務について広く規則等を制定する権能を賦与しており、右規則一三―二も、右国公法一六条一項に基づいて、制定されたものであるから、それが憲法、法律に違反しない限り、すべて有効なものと解すべきところ、本件のような行政措置要求について、代理が許される旨明文をもつて定めた憲法及び法律の規定はないから、右行政措置要求について代理を認めない趣旨の規則一三―二の規定は有効というべきである。のみならず、規則一三―二による行政措置要求の制度は、不利益な処分の審査請求におけるような厳格な準司法的な手続制度ではないのであつて、口頭審理を行う場合も、争訟手続ではなく、非形式的な審査ができることになつているし、また、行政措置要求に対する判定も、当事者に公正であることが要求されるばかりでなく、「一般国民及び関係者に公平なように、且つ、職員の能率を発揮し、及び増進する見地において」判定されなければならないし(国公法八七条)、その手続においても、人事院は、必要と認めるときは、申請者、内閣総理大臣、もしくは申請者の所轄庁の長若しくはそれらの代理者、又はその他の関係者から意見を徴し、これらのものに資料の提出を求め、若しくは出頭を求めてその陳述を聞くことができるし(規則一三―二第七条一項)、公開又は非公開にすることもできる(右規則第七条二項)ことになつているのである。しかして、このような行政措置要求制度の特殊性に照らして考えると、行政措置要求について代理が認められないからといつて、職員の権利を不当に制限するものとはいい難いから、前記代理を認めない規則一三―二は、実質的にも違法なものではないというべきである。
よつて、本件行政措置要求については、代理は認められず、職員自ら又は職員団体においてなすべきであるから、被告人事院事務総長らが代理人によつてなされた本件行政措置要求を受理せず、原告自らの要求に訂正するようその補正を命じたことは、何ら違法ではないといわなければならない。<以下、事実省略>
(後藤勇 松山恒昭 小泉博嗣)